今回は、
「活発性」の記事に対し
ご質問を頂いたので
回答しておきます。
元記事引用部分は
以下です。
>「活発性」の人は
> どんなことであっても
> 最終的には自分で決めることを
> 大切にしています。
> だから、
> 極力自分に選択の自由が
> 与えられている環境を
> 選びましょう。
>「指令性」を
> 併せ持っている場合は
> なおのことこの観点が
> 重要になります。
そして、
以下が頂いたご質問。
これに加えて
「自己確信」も、
自分に選択権があることが
重要だと存じております。
この3つの資質
(「活発性」「指令性」
「自己確信」)において、
それぞれどんな動機
(根本要因)から
「自分で決める」ことに
つながるのでしょうか?
もしよろしければ、
メルマガでの解説を
おねがいします!
ちなみに、
私の考えは以下のような
感じです。
「活発性」:とっとと、
早くやりたい!
→自分で勝手にやる
→(結果的に)自分で決める
(早く決めてしまっている)
「指令性」:人に指示されたくない!
→自分で決める
「自己確信」:自分を信じたい!
→自分で決める
そうですね、
概ねそれで良いのでは
ないでしょうか?
「活発性」の場合は、
自分で決めるというよりは
「邪魔されたくない」
という感覚の方が
強いのかもしれませんね。
おっしゃるように
人の意見を聴いていては
自分の思うように
すぐには
動けなくなってしまうので。
「指令性」の場合は、
「指示されたくない」でも
もちろん良いと思いますが
「物事を
自分でコントロールしたい」
という欲求が強く、
それにより他者から
指図されることを
好ましく思わない感覚が
生まれるのでは
ないでしょうか。
「自己確信」の場合は、
「自分を信じたい」と
いうよりは
既に信じている感覚なのでは
ないかと思います。
もっというと
自分を信じるというより
自分で決めるということに
自信があるという
感覚でしょうか。
自分が決めた以上は
何があっても
そこに向かっていく。
そして、
進み続ける以上は
いつかそこに到達する。
だから
自分で決めさえすれば
大丈夫。
そんな感覚なのかなぁと。
「自己確信」は
“うまくいく自信”ではなく
うまくいくことも
いかないこともあるけれど
最後の最後はそこに行き着く
という自信なのだと
私は考えています。
最後に、
一番大切なことを
書いておきますね。
それは、
上で書いた私の見解が
正解なのではなく
自分の感覚のみが
いつだって唯一の
正解だということ。
私は自分が
持っていないなりに
だからこそ客観的な視点で
自分の論理思考を活かし
見解を出しています。
それを正解として
受け取るのではなく
私の見解と自分を照らしてみて
自分の真の動機づけが
どこにあるのかを
探してみていただければと
思います。